なぜ男はチャックが開いたままトイレから出てきてしまうのか?チャックはなぜ開くのか?チャックとは何か?
バイト終わり、トイレに向かい用を足し、いつも通りの帰路に着いた。
日曜日の夜というだけあり、改札前には家に帰ろうとする人たちで混雑していた。
皆次の日の仕事、学校という憂鬱なタスクに心を削られながらまた次の土日、心を潤せる日を待ち望みながら家に帰ってゆく。つらい、わかる。
いつものホームに着くと通勤急行と準急、そして普通が止まっている。
通勤急行に乗れば早く最寄駅に着き、いつもより早く夜ご飯にありつくことができるがいかんせん身体がもうおじいなので座って帰りたい。ほぼ人の乗っていない普通に乗り、だらだらと帰る。
きているラインを返しつつ、ソシャゲの日課をこなしているうちにもう最寄駅だ。
そしてコンビニで夜ご飯を買い、温めてもらったホカホカのお弁当を揺らしながら陽気に歩く。少しスキップ気味である。正直はたから見たら気味の悪い人間だが、このアル中とヤンキーとサラ金に溢れた街であれば浮くことはない。これが普通だ。
そしてようやく家に着いた。家に着いたら手を洗う。これが最近の僕の習慣です。偉いと思う。このご時世ちゃんと家から帰ったら手を洗う人がどれだけいるか知っていますか?僕は知りません。
でも皆小さな頃から母親や父親、おじいちゃんおばあちゃん、ひいては学校の先生に口うるさく言われてきただろう。
挨拶はちゃんとしよう・手はきちんと洗おう・ハンカチとティッシュを持ち歩こう。
この耳にタコができるほど聞いた〜しましょうを今、僕たちはどれだけ守れているだろうか。
そんなこんなでテレビを見ながらご飯を食べ終え、スマホを触っているとふと気づいた。
チャック、空いてる。
え?いつから?
こんなものバイト終わりにトイレに寄ってからに決まっている。絶望だ。
あの人で溢れかえった改札前を通った時も、電車でスマホを延々といじっている最中も、コンビニで「温めますか?」「ア…オナシャス…」と言っている時もチャックは堂々と空いていたのである。
陽気に若干のスキップ気味で歩いている時も社会の窓という窓が開いていたのである。
死んでしまいたい。なぜトイレから出たタイミングで確認しないのか?そもそも用を足したタイミングでなぜチャックを上げないのか?チャックはなぜ自動で閉まらないのか?チャックはなぜ僕に恥をかかせるのか?チャックとは何か?チャックをチャックと足らしめるものは何か?一体どこからどこまでがチャックでどこからがチャックではなくズボン(おしゃれ用語でパ⤴︎ンツ)なのか?
謎は尽きない。
まあそんなことが月に10回以上あるのでもう恥ずかしいという気持ちはなくなった。
ああ…またか…という感じである。いつも彼氏とうまくいっていない人がLINEのタイムラインに謎の歌詞を載せるのを見た時の感情と同じである。
ところで用を足すって何?なんで出してるのに足してるの?どちらかといえば足すではなく引くではないの???
すみません以上です。