ぐだぐだ日和

ぐだぐだ日和ver.2です

土曜の夜に駆け抜けて

座席の調整よし、サイドミラーよし、プレイリストセットよし。
−−よし、出発だ。

 

自動車教習所で習った出発前のチェックはなんだか別のものだった気がするけど、最近は自分なりの3点チェックを済ませて車を走らせる。行き先は雲海が見えると噂の公園。
まあ雲海のシーズンは秋らしいので見れる確率は低めだろうけど、オフシーズンで人が空いているならまあよし。さらに雲海が見れたらなおよし。

 

自粛生活の中で、ストレス発散として運転をよくするようになった。
狭い6畳の1Kも好きだけど、たまに部屋の外に世界がどこまでも広がっていることを感じたくなってしまう反動のようなものなんだと思う。

 

人の気配がすうっと消えた真夜中に車を走らせると、昼間では見えなかったものや夜ならではの発見がぽつぽつと見つかる。

2車線だと思ってた道が実は3車線だった、とか、異世界に紛れ込んだのかなと思うくらい昼と夜で人の数が違う交差点、とか。
そういう昼と夜とでまちがいさがしができるのは夜にドライブをする醍醐味だと感じる。

 

そうして人が消えた街をするすると抜けていくと目の前に高速道路の入り口が現れた。

夜のドライブの醍醐味その2だ。

 

夜の高速は働く車がほとんどで、残りの車は自分みたいにどこかへこっそり向かう人とかばかり。
だからビュンビュンと飛ばす車が多くて、前の車にくっつくように走っていると気付けば窓ガラスがガタガタ言うくらいの速度になっていたりするから恐ろしい。

たまに台風の目みたいに前方に車がいなくなることがあって、そんな時はいつも陸上とかで先頭をぶっちぎるってこんな気持ちなのかな?とか考えたりする。
走るのは嫌いだけど先頭をぶっちぎるのは楽しそう、と考えているうちに追越車線から、それ速度制限大幅に超えてない?と思うくらいの速さの車が右脇からぶち抜いていった。

 

夜の高速を走らせていると徐々に都心部から離れていき、その分だけ街の明かりが遠ざかっていく。
次第に夜の暗闇がどんどんと増していって、足首からゆっくりと夜に浸かっていくような感覚がしてくる。夜闇に浸かりながら車の速さと同じくらいの速度で思考を巡らせる。
こういう夜に考えることはいつもどちらかといえばマイナス寄りのこと。
ネガティブになるわけではなくて、土曜日の夜に翌々日の気配を感じながら過ごしているような感じ。悲観的になるわけではなく、でもいつもは蓋をして見ないようにしていることとゆっくり向き合う。

そんな波風1つたたない、ほの暗い時間を過ごしているとカーナビから2時間運転したから休息を挟むようにという音声がスピーカーから流れる。

促されるがまま夜のドライブの醍醐味その3であるサービスエリアに向かうこととした。


夜のサービスエリアは、夜中の遊園地に忍び込んだような感じがして好きだ。

検品に勤しむ売店、入口の道路情報が流れるモニターが煌々と輝いているトイレ、車内で仮眠を取っている人たち。
すべてが背徳感と期待感を膨らませる。

そんな夜の遊園地を存分に楽しみ、飲み物を補充して改めて目的地に向かう。

余談だけど、サービスエリアから高速に合流する時、減速や追加の加速なしに合流できるとなんだかおみくじで中吉が出たような嬉しさを感じる。

 

そうして目的地に近づき高速から降り、下道をしばらく行くと、残り2kmのところで山道に差し掛かった。ここからは曲がりくねった道を進むらしい。
お邪魔しますと心の中で軽く会釈をしながら車を100mほど進ませてあることに気づいた。

全くといっていいほど明かりがない。
街頭もない、街からのうっすらした明かりも生い茂った木が塞いで届かない。
先ほどとは比べ物にならないくらいの暗闇。そんな道を車のライトだけを頼りに進む。
先程まで心地いいと感じていた夜の時間が、性質を変えて襲いかかってくるようだった。

タクシー運転手の怪談でよくあるようなシチュエーションだなと思った瞬間からもう後ろが振り返れない。
あああ、来るんじゃなかった帰りたい…行くも地獄、帰るも地獄とはこのことか…と深く深く後悔した。そんな瞬間ふと祖父のことを思い出した。

 

祖父は数年前車の事故でこの世から去った。
山道を走っていた際、道を間違えてバックをして戻ろうとした時にガードレールを突き破ってしまい崖から転落してしまったことが死因だったらしい。
あの時祖父は自分の子どもたちと大喧嘩をしていて「探すな」という手紙だけ残して家を飛び出していた最中だった。

こういうことは度々あったので父たちは頭が冷えるまで放っておこうと考えていたと前に言っていた。


この時僕は、こんな歳をとっているのに家でみたいなことをしている祖父の行動が若者のようで面白く感じていた。

いつまでも帰ってこない祖父を心配して叔父が心当たりのある場所を探しにいったところ、事故現場が見つかったようだった。

とてもとても悲しい死に際で、あの時祖父は何を考えていたんだろうと式の間ずっと考えていた。
憎むところまでいっていた父のことを恨んでいたのだろうか。
どうか祖父の死に際が、憎しみで溢れた時間でありませんように、と祈りながら送り出したことをよく覚えている。

 

そんな祖父のことを思い出した時、気づけばあれだけ感じていた恐怖がなくなっていた。
もしかしたら祖父が支えてくれたのかもしれないな、と思いながら山の頂上に向かった。

頂上につくと日の出までは1時間ほど余裕があったので、少し休憩してから日が昇る前に夜景を見に車から出ると、周りは相変わらず真っ暗でスマホのライトがなければ歩くこともままないくらいだった。
スマホを頼りに歩いていると目の前に白いもものがよぎった。見た時にこれが雲の一部だと気づいたけど、その一方で祖父がもう大丈夫だなと安心して黄泉の国に戻って行ったようにも思った。

 

日の出を待ちながら祖父のことを想う
こんなご時世ということもありなかなか帰省もできないけれど、ワクチンを打ったら墓参りだけいきたいなあとか、今心も体も健やかに祖母と幸せに暮らしているだろうかとか、最近の生活を見られたら祖父に雷が落ちるくらい叱られるだろうなあとか。
色んなことを考えた。


人は近しい人の死に直面すると色んな感情に飲み込まれる。

悲しみ、絶望、虚しさ、人によっては喜びもあるかもしれない。
僕は祖父の死に直面した先、悲しみと同じくらい安堵があった。
これ以上父と祖父が憎み合うことがなることが、家族という関係が壊れていくことがなくなったことが、安堵に繋がったのだと想う。

人間は不思議なもので、死に直面した直後は頭の中に常にその人がいるのに、時間が経つにつれて頭の中から去っていく。
僕たちの生活は毎日続いていくし、過去に留まっていては明日からの生活が揺らいでしまうので仕方のないことだけれど、なんだか寂しいことのようにも思う。
関係性によっては常に頭に居続けることもあるだろうけど、僕と祖父の間柄では常に居続けるようなことはなかった。

ただ、こうしてふとした瞬間に思い出すことがあることは嬉しく思う。

思い出した瞬間に祖父の存在が改めてこの世界に刻み込まれ、確かに生きていたと実感できる。
もし自分が死の床についたとき、誰かの頭の中に常に居続けるのは申し訳ないけれど、ふとした瞬間に思い出してもらえる存在になりたいなと思う。
悲しい記憶よりも愉快なことをしていたと、そう回想してもらえるように人との関係を育んでいきたい。そんなことを考えていると朝が昇ってきた。


辺りが明るくなり、周りの輪郭がはっきりしてくるとあることがわかった。
どうにも今朝は周りが雲だらけで雲海どころか何も見えないらしい。どっちから太陽が昇ってきてるかもわからないくらいに。

おじいちゃん、去っていく時にできればこの雲も持って行って欲しかったです。
そんなことを愉快に思いながら帰路につく。

帰り道も、安全運転できるように見守っていてね。
孫より。